人は希望をもって生きる。
期待も持って生きる。
けれども、その通りにものごとが転じることは稀だ。
それで、酷く失望したり、それが叶わなかったことを悔やむ。
そんな感じに苦しみを感じ続ける。
因果なんて言葉もある。
人は様々な関係性の中に行きいる。
誰かを不幸にすれば、それが帰ってくる。
誰かを幸せにすれば、それが帰ってくる。
そして、すべての情報はいずれは知られてしまうということ。
幾ら隠そうと結局は衆目に晒される。
それで、因果応報。
期待、希望の名のもとにどれだけ、他人をおとしめているのだろうか。
そして、幸せとつく泡沫を手にいれて、再び苦しみの日々を生きる。
刹那の「幸せ」というものを手にするために、本当の幸せであることを置き去りにしていないかい?